G-Media 現場にフォーカス

こんなことやってます!映像制作部

新横綱・稀勢の里誕生 繋いだ思い

2017年大相撲初場所。大関・稀勢の里が悲願の初優勝を果たし、19年ぶりの日本人横綱が誕生した。地元の水戸放送局では2004年の県域放送開始以来、彼の活躍を伝え続けてきた。歴代の先輩から映像を引き継ぎ、ついに迎えたこの瞬間を伝える大役を担った2人のG-Media編集マンの思いをリポートする。

 
映像制作部 及川賢一(水戸局 2015年7月~)

託された1本のテープ

 2015年7月、水戸局赴任が決まった私は前任者の先輩編集マンから1本のテープを託された。「稀勢の里・優勝への軌跡」と題されたそのテープには、稀勢の里の生い立ちから新入幕、そして大関昇進後の道のりがまとめられていた。しかし、最後の1カットは空白のまま。そこに彼の初優勝の瞬間の映像が収まってはじめてVTRは完成する。

 「若貴ブーム」のころに育ち、青春時代は明大中野相撲部に入部し相撲に明け暮れた私。就職して報道編集マンとしての日々を送りながらもいつかは仕事で相撲に関わりたいと思い続けていた。託されたテープを手に、地元放送局の編集マンとして「横綱にもっとも近い」と言われた力士を追い続ける日々が始まった。

つかんだ初優勝 「秘めた思い」を描きたい

 優勝を目前にしながらあと一歩のところで届かない。それが赴任してから1年半、私が見続けてきた稀勢の里だった。「いつかは賜杯を抱く姿を伝えたい」と思いながら毎場所の取組を編集してきた。
 そして迎えた初場所。優勝争いの終盤、私は映像と向き合う中で彼の土俵上の表情にこれまでと違う変化を感じた。先場所までは優勝が取り沙汰されると取り口が固くなり、持ち味を生かせずにいた稀勢の里。しかし、今場所は勝ちを重ねるごとに落ち着きが増し、重圧を正面から受け止めているように見えた。

 「平常心」。これまでのインタビューで彼が何度も口にしてきた言葉だ。初場所ではこの「平常心」を貫き、悲願の初優勝を成し遂げたのだ。
 優勝が決まるとただちに水戸局では県内向けの緊急特番の放送が決まった。地元出身力士の初優勝、そして横綱昇進を伝える番組などそうあるものではない。この番組を編集する大役を私は任された。今場所の快進撃と歓喜に沸く地元の声、50分の番組に盛り込むべき要素は山ほどある。しかしもっとも大事なのは、彼がこれまでどのように稽古を重ね、どのような思いでこの優勝をつかんだのかをしっかりと描くことだ。そこで鍵となったのが、前任者から受け継いだ映像だった。その中には、先代師匠の故・鳴戸親方から厳しい稽古をつけてもらう新入幕のころの様子、そして野球に打ち込んでいた少年時代、さらには土俵では決して見られない笑顔のオフショットもあった。これらの映像を最大限に生かして分厚く横綱昇進を伝えたいと意気込んだが、どうしても描ききれないことがあった。 

 それは綱取りにかけた稀勢の里自身の思いだった。
 編集室で試行錯誤を続けていた放送前日。多忙を極める稀勢の里が異例の独占インタビューに応じてくれた。私は両国の国技館に駆けつけた。横綱は静かに口を開いた。
「自分を信じ続けて努力してきた。これからもそれは変わらない」
 横綱・稀勢の里の秘めた思いに触れ、番組で何を描くべきかを私はつかんだ。この言葉を手がかりに改めて映像を見直し、重圧に勝った横綱の姿を描くことを心がけた。
 横綱が地道に積み重ねてきた努力の日々。それを記録した膨大な映像もまた歴代編集マンたちが地道に積み重ねてきたものである。このことを胸に私は全力で制作にあたった。

野内大吾(2011年7月~2015年6月水戸局 2015年7月~首都圏デスク)

編集マンが追い続けた稀勢の里

 2011年、震災の爪あとがまだ生々しい茨城に赴任した私は、観る人を元気にする放送ができないかと考えていた。そこで夕方の県域ニュースの中で週1回放送する「いばスポ」というスポーツコーナーを立ち上げた。Jリーグ・高校野球などスポーツの話題に事欠かない茨城県で、特に人気が高いのが大相撲。当時、日本人力士の出世頭だった地元出身の稀勢の里に注目し「いばスポ」の核に据え、地元の熱気とともに伝え続けた。編集マンの私も足繁く相撲部屋に通い、稀勢の里へのインタビュー取材を数多く重ねてきた。
 その中で印象的だったのは、彼が決して「優勝」や「横綱」という言葉を口にしなかったことである。折に触れて彼が言うのは、師匠の教えである「自分を信じて平常心で」という言葉だった。それを実践するかのように人一倍稽古に打ち込む姿、巡業中の地元の人々とのふれあい、稀勢の里の成長と活躍を水戸局のカメラは記録し続けた。そのテープの数は400本以上に上る。これらの貴重な映像・音声の蓄積が今回の優勝特番につながったのである。

「横綱になった者にしか見えない景色がある」
 稀勢の里が大関に昇進する直前に亡くなった先代師匠の鳴戸親方の言葉だ。稀勢の里は後に、「いつかその景色を見てみたい」と口にしたことがあった。それは胸に秘めた強い思いを吐露した瞬間だった。
 彼はいつか優勝し横綱になる。私はその日が来ると信じて「優勝への軌跡」という1本のVTRの編集を始めた。毎場所、映像を差し替えながら「その日」を待ち続けたが、優勝の瞬間を見届けることなく異動で水戸局を去ることになり、最後の1カットは後任の及川編集マンに託すこととなった。 

 そして優勝。特番前日の単独インタビューには、いてもたってもいられず私も国技館に駆けつけた。「映像」というバトンを繋いだ2人の編集マンが、誕生したばかりの横綱に会えると思うと前夜は興奮で眠れなかった。この日の横綱の表情はこれまで見たことがないほどの自信に溢れ、晴れやかだった。一つの事を成し遂げた者の風格ある顔貌に横綱の道を歩む覚悟を感じた。小学校の卒業文集に「努力に勝る天才なし」と書き、地道な稽古を積み重ね、相撲界の頂点に立った稀勢の里。努力と精進の人は、誰からも愛される横綱になると信じてやまない。
 インタビューの最後、横綱は私たちのこれまでの放送に対して感謝の言葉をかけてくれた。すべてはこの日、この瞬間のためにあったのだと改めて思った。

伝え続ける覚悟( 及川賢一)

「こんな間近で横綱を感じられるのは一生に一度のことだよね」
優勝特番放送後、私はあるベテランアナウンサーから声をかけられた。
 相撲界の頂点である横綱の昇進に編集マンとして立ち会えたことは、かつて相撲に打ち込んできた私にとっては大げさかもしれないが「運命」のように思えてならない。と同時に、これからも横綱の活躍・地元の応援を伝えていくことは「使命」でもあると感じている。横綱が口にした覚悟の言葉を、私も自らの胸に刻み込んだ。
「本当の勝負はこれから。今まで以上に精進しないといけない」

(2017年4月)